2016-01-16 株価の上下にオタオタすることなく、今こそ「100年の大計」を!
今こそ「100年の大計」を建てることが大切だ。このフレーズを幼いころからもう何十年にも亘って聴いてきたような気がするのは果たして私だけだろうか。
ここ数日のうちに、非常に興味深い記事を3つほど目にした。どれもなるほどと頷き、深刻に考えさせられる内容だ。
そのうち2つは日経新聞のウェブサイトで読んだ、アベノミクスに関する2人のオーソリティのインタビュー記事で、すごく勉強になった。アベノミクスを分析、評価、そして課題を示したのは、世界で最も影響力のある経済ジャーナリストの1人で、2000年に大英帝国勲章を受けた、英フィナンシャルタイムズのチーフ・エコノミクス・コメンテイター、マーティン・ウルフ氏と、元米財務長官でオバマ大統領の首席経済顧問やハーバード大学学長を歴任したローレンス・サマーズ氏だ。
■重要なのは供給でなく需要
まず、ウルフ氏は、「アベノミクス」は、日本経済の再活性化を図る大胆な試みで、3本の「矢」を約束した。財政政策、金融政策、成長戦略だ。この3本の矢は、安倍氏が約束した再生をもたらすのか。残念ながら、それはありそうにないと否定的だ。金融緩和こそ日銀主導でかつてない規模でおこなわれたが、財政政策は無策に等しく、財政赤字はまったく減っていない。第3の矢、構造改革も農協改革やTPPの大筋合意こそあったものの、女性の機会拡大は遅々として進まず、労働市場も正規雇用と非正規雇用の格差が定着し、二極化したままになっている。移民の受け入れ拡大にいたってはおおむねタブーのままだと主張する。
結果は芳しくなく、生産活動に関しても結果は期待外れだ。安倍氏が首相に就任した12年末から15年第3四半期までの間に、日本経済は実質ベースで2.4%しか成長していない。実質GDPは08年第1四半期と同等の水準にすぎないと厳しく評価している。
その上で彼は日本経済を苦しめているものをアベノミクスが正しく特定しているかどうか疑問視している。日本の問題は供給ではないということに気づいていないのではないかと疑っている。真の問題は民間需要の弱さにあるのだ。その表れが民間部門の巨額の資金余剰、すなわち民間投資に対する民間貯蓄の超過だと指摘する。
その解決策は? 様々な選択肢があるが、そのどれも現実的ではない。
そして、もっとも現実的な選択肢は、民間部門の慢性的な貯蓄過剰に真正面から切り込むことだと主張する。そのためにはまず、日本が貯蓄をしすぎていることを認識しなければならない。したがって、消費増税はなすべきことの真逆になる。日本企業の過剰な内部留保を賃金と税に移していくことが、最終的に構造的な貯蓄過剰の解消につながる。たとえば、減価償却引当金を大幅に減らすという方法がある。コーポレートガバナンス(企業統治)改革も企業収益の分配の拡大につながりうる。さらにもう1つの可能性として賃上げがある。
要するに「供給でなく需要が重要だ」ということだと彼は説く。民間、特に企業部門の構造的な貯蓄過剰が政府を赤字財政に向かわせて債務が膨らんでいる。アベノミクスは、この根底にある現実を認識していない。日本は民間の余剰資金を輸出するか除去するか、いずれかの方法で余剰を相殺しなければならない。これこそが最大の課題だと強く主張する。
最後に、最初のステップは核心にある問題、すなわち民間需要の不足という問題を認識することだ。そうして初めて、解決が可能になると締めくくった。
供給サイドの政策ではなく、需要を喚起する政策が必要とされるという意見は大いに納得できる。国が、国がという、トップダウンではなく、ボトムアップが大切なのだ。
■超高齢化国の活路は「開放」にある
次にサマーズ氏だが、彼が日本について、「近代における長期停滞の最初のケースと指摘する一方で、そこから抜け出す道筋を描く実験室」とも評していることはとても興味深い。
まず彼は、アベノミクスに対して、「日本の状況が改善したことに疑問の余地はない。だが、着実で適切、かつインフレをもたらす成長がしっかり根づいたと確信する根拠はない」と分析する。
これまでのところ日銀の金融政策は「概して適切」であり、異次元緩和を継続しない理由はない」とサマーズ氏は言う。
しかし財政政策については、「少し矛盾している」と歯切れが悪い。「第3の矢」は、税制改革、農業・電力市場の自由化、コーポレートガバナンス(企業統治)の改善を通じて既得権に切り込む構造改革で、それぞれの改革自体は有益だが、積極性を欠くと彼は指摘する。
その上で、サマーズ氏が懸念するのは、日本の人口動態だ。設備投資や住宅投資が停滞するだけでなく、日本経済全体のダイナミズムを減退させる「重要な」要因だという。「日本が家電産業や自動車産業で競争力を失った経緯は、人口高齢化と全く無縁ではなかったと私は見ている」と彼は述べたうえで、「高齢化が進むほど、開放的になる道筋を見つけることが重要になるように思う」と付け加えた。
移民が解決策だと彼は語る。外国人労働者が日本経済にダイナミズムをもたらすということについては、ほとんど疑問の余地を残さないと述べ、「孤立した日本は一段と後れを取ってしまうのではないか」と危惧する。
2025年の日本をどう見るのかという質問に対し、サマーズ氏は可能性の高いシナリオを2つ挙げた。
1つ目は相対的に楽観的なもので、日本の国内総生産(GDP)は年間1%前後で成長する。そして日本は素晴らしく熟練度が高く、規律のとれた労働力を活用し、重要な輸出大国であり続けるというもの。
もう一つのシナリオは、世界経済の出遅れ組から脱することができず、経済的、政治的なプレーヤーとしての日本の影響力が減退していく悲観的なものだ。このシナリオでは、中国と日本でナショナリズムが強硬になる中、北アジアの地政学が安定性を失っていくと語る。
「次の10年間は日本にとって特に重要になる」とサマーズ氏は言う。「ウィンストン・チャーチルの言葉を借りるなら、我々は皆、アベノミクスが21世紀の日本再生の終わりの始まりですらなく、始まりの終わりであることを願っている」と締めくくっている。
■100年の大計
3つ目の記事は16日の朝日新聞朝刊の社説だ。
まず何より、年初来の株価の下落に動揺して政府や日本銀行が目先の株価対策に走らないよう警告している。そして、これまでの株価は超金融緩和によってもたらされたものであり、経済成長はゼロに近いわずかな伸びで実体経済とは乖離している。従って、経済政策は株安に振り回されることなく、長期的な備えを促す警鐘として受け止めるべきだと主張する。
その上で、安倍政権の経済政策は短期的な成長や評価を重視しすぎて、長期的視野に欠けるうえ、異次元金融緩和も永久的に続けられるわけでもなく限界が近づいており、多くの問題が将来世代へ先送りされることを強く懸念すると警告する。
「アベノミクスは成功している」と安倍首相は主張するが、ならば、なぜ、企業は史上最高益をあげても賃上げには及び腰で、内部留保をため込むのか、国民が消費にしり込みするのはどうしてなのか。
小林慶一郎慶大教授は「“短期楽観”を強調する政府の姿勢そのものが厳しい現実を見ていないことを露呈し、かえって企業や消費者を“長期悲観”に陥らせている」と分析する。そして、いつかは負担をこの国の誰かが支払わなければならないということを国民は肌で感じ取っているのだと指摘する。
超金融緩和がもたらしたカネ余りの時代は終わりが近づいており、「名目3%、実質2%成長」と超楽観的な政府の経済見通しと、それに基づく中期財政計画は、早晩行き詰まる。借金財政にもかかわらず、選挙対策のばらまき政策などやめて、現実的見通しに基づいた財政再建を進めて行くことこそ最大かつ最重要課題だと結論付けている。
この3つの記事に共通するのは財政再建の重要性ならびに必要性、そして何よりも緊急性だ。そして、将来の世代のためにも、財政を健全にし、民間需要を喚起しなければならないと強く感じる。