IRビジネス研究会

レポート

寄稿「地域の力を引き出すIRを」(週刊トラベルジャーナル掲載)

地域の力を引き出すIRを

 日本カジノが現実のものとなる日が近づいている。7月20日に特定複合観光施設区域整備法が成立し、同月27日に公布された。これまでカジノ法案やIR法案などと呼ばれてきたこの法律は、日本にカジノを含む統合型リゾートを設置することを認める法律である。
 観光振興、地域経済活性化、雇用創出、税収増加など、カジノを含むIRから受けられる恩恵は大きい。ここでいうIRとは、カジノホテル、MICE、レストラン、ショッピングモール、ミュージアムやエンターテイメント施設などを含む統合施設である。過去に海外のカジノオペレーターが8,000億円から1兆円規模の投資を検討するとメディアに取り上げられたこともあった。現在、日本初のカジノが誕生するのは25年ごろといわれている。
 当法人は、東京と大阪に拠点があり、IRセミナーを年に数回開催してきた。その中で、特に地元の中小企業経営者らと意見交換する機会が多くあった。よくある質問は、「IRが日本にできた時、自分たちはどんな仕事ができるのか」「IRに興味があり、その分野で仕事ができればいいが、具体的な事業のイメージがつかめない。」というものだ。これはIR法案が成立する4年も前のことだが、実は今でも似たような質問が多く寄せられる。
 カジノという賭博行為を認めることで様々な懸念が生まれる。それは依存問題や青少年育成の影響、犯罪増加、治安悪化などである。依存問題について大阪府・市は、ギャンブル等依存症問題の実態を把握するため、民間団体と協力する体制をつくり始めている。また、大阪府内のすべての高校3年生約9万人を対象にしたギャンブル等依存症対策のリーフレットを作成して、依存症予防に向けた啓発活動を行う。IR誘致を目指す自治体がこれらの問題について手付かずになることはまずないだろう。

大阪・夢洲のメリット
過去に誘致の失敗事例で取り上げられたことのある、ニュージャージー州アトランティックシティの事例について触れておきたい。アトランティックシティのボードウォーク地区にあるカジノホテル群が衰退した原因に、IR化がなされなかったことと米国東海岸地域において競合が現れたことがある。16年にはボードウォーク地区にあった12の施設が7施設まで減少、カジノの売上は約52億1000ドルであった06年ごろをピークに、15年には約25億6000ドルにまで落ち込んだ。
 アトランティックシティはサービス・レジャーなどが主要産業のいわゆる観光都市であったため、その影響は大きかった。しかし、アトランティックシティは失敗で終わったわけではない。現在では、マリーナ地区に新しくできたIR型の3施設が同市のカジノの売上の半数を占める。また、ボードウォーク地区で閉鎖されたカジノ施設を買収する動きも出てきている。現在同市のカジノ産業は再生に向けて動き出している。
 懸念は確かにあるが、同じ轍を踏まぬように今から取り組めることがある。日本では、すでにIRになっていなければ設置を認められない。少なくとも日本ではカジノホテルが相次いで何件も閉鎖するという事態は起きない。
 法整備が整い、課題解決に向けて取り組みが進み始めた次は、日本のどこにIRができるのかという話題に注目が集まる。国の方針として、まずは国内に3か所の事業認定を行うが、有力とされる候補地は国内に多数あり、中でも大阪の夢洲は特に注目されている。
 海外のカジノオペレーターが語る夢洲のメリットはおおむね以下の通り。①国際ハブ空港からのアクセスが1時間30分以内、②土地の価格が関東に比べてリーズナブル、③大阪の繁華街(梅田、心斎橋等)へのアクセスが30分程度、④大阪周辺の観光資源が豊富。
もちろん、この他にもメリットは多くある。この夢洲の候補地を勝ち取らんと、日本三大祭りの1つ天神祭では、海外のカジノオペレーターが派手な宣伝を打ち出していた。万博のオフィシャルパートナーにも有力カジノオペレーターの名前が並ぶ。
 カジノオペレーターの仕事はIRの施設一体を所有し管理運営することだが、それだけでなく地元企業との連携や、福祉への貢献も意欲的で、実際に海外では当たり前のように行われている。このように一見、盛り上がっているようにも見えるが、我々の活動を通してみれば、地元の中小企業とカジノオペレーターとの間には温度差がある。

飽和するゲーミング市場
 日本初のIRの完成は、25年前後。開業まで約7年ある。しかし、この間に注意しなくてはならないことは、アジアのゲーミング市場が飽和状態になってしまうことだ。カジノの合法化やIR誘致を検討している国や地域はまだ他にもある。
 東洋のラスベガスともいわれるようになったマカオもまだ成長を続けており、香港と珠海、マカオをつなぐ世界最長クラスの海上橋が近く開通する見通しである。また、フィリピンのゲーミング市場も活況を呈し、エンターテイメント地区のさらなる開発も進む。韓国でも仁川のパラダイスシティ、済州島の神話ワールドと、カジノリゾートが相次いで開業。このほか、新規開業や開業予定、導入を検討している国を挙げると東南アジア、南米、北米、欧州等15カ国ほどあり、もうすでに競争は始まっている。
 日本版IRには世界のIRに負けない魅力が必要になる。その目標を達成するには、地元の力を最大限に引き出す仕組みが必要だ。IRを誘致するにあたり、まずは地元の企業が元気になってもらわなければならない。
すでにIRコンソーシアムを組成し、海外・国内企業が一体となってIRを運営するという動きがある。しかし、このIRコンソーシアムにどんな企業でも参加できるというわけではない。IRコンソーシアムに地元企業が入ることは可能だが、その狭き門を取り合う構図は避けるべきだ。そのような状況のなかでも、このIR誘致に夢を見出している人々も多い。夢を持ち続ける人々こそがこれからの都市の魅力をつくっていくのではないか。
 だからこそ、彼らの夢を夢で終わらせないような仕組みが必要である。その仕組みをつくるためにはまず、誘致主体とカジノオペレーター、地元の企業の3者間で力の均衡が保たれなくてはならない。また、観光産業の振興だけでなく、その他の産業や新たなビジネス創出に対する投資の機運についても同時に高めてゆくべきだろう。
 そうすれば観光客だけでなく、ビジネス旅行客の集客も見込める。雇用促進で言えば特に福祉団体、障害福祉サービスの分野との連携も不可能ではない。言い換えれば、IRを通じた地域社会貢献の促進となる。今、この地域社会貢献の最大化を図る議論が遅れている。

一般社団法人 IRビジネス研究会
理事 櫻井夏奈



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